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3月16日の土曜日、それまでのひと月ほどの経過の末、わが家は大きな決断をすることになった。老いた夫婦二人でなんとか生活をしていた両親は、父の病状の悪化と母の認知症の進み具合の双方の限界を迎えていた。
その日の午前中、妻と二人で主治医を訪ね、往診と父へのホスピスへの入院の勧告をお願いしたのだ。頑として自宅での看護とその先の死を迎えることを主張している父であったが、現実的には到底不可能な注文であり、主治医の小泉先生はその辺の事情を察して心良く承知してくれた。
翌週の土曜日の午後、外来での診察を終えた小泉先生が黒い鞄を手に来てくれて、既に腹水の溜まって膨れている父の腹を触診したあとに入院を勧めた。
「入院した方がいいと思いますね。」小泉先生はその人柄通り、優しい口調でそう父に告げ、父は「入院しないとだめですか?」と少しためらったが、意外にもそれ以上抵抗することはなく、自分の体調の異常さと先生の見立てを合わせてすぐにその判断に納得したようであった。
それをきっかけにして我々家族はすぐに様々な意思決定と行動を強いられた。父の入所先を探すことと、母も認知症で一人での生活はできないため、同時に施設に入所させる必要があったのだ。
幸いにも、日頃お世話になっているケアマネのお陰で両者の行き先はすぐに決まり、なんと父は翌日曜日に入所し、その四日後に母も入所した。
実はもう一つの問題、飼っていた犬の行き先もすぐに決まり、母の入所の四日後に石巻の家に引き取られて行った。
翌週に父を見舞いに仙台に行き実家に寄ると、それまで家にいて出迎えてくれた父と母と犬のミッチーは当然だがもう居なかった。
いつかこうなることはわかっていたが、私の意識にはあまりにも急な不可逆な展開に、安堵よりも寂しさをもたらした決断への後悔とも言える気持ちが無いわけではなかった。
それまでは当たり前だった実家の父母と犬のいた日常はもう二度と戻らない。その静けさが異様に感じ、わが家の歴史の流れの大転換を迎えたことにただ感じ入るしかなかった。
父はホスピスへの入所後から、「家に帰りたい」から始まり、「家に帰してくれ」と懇願や絶叫を続けて見るに耐えれなかったらしい。
父の入所から二週間後の金曜日の夕方、二回目の見舞いに行くと、父はもうほとんど話せなくなっていて、その翌日の朝に私が見ている前で静かに天に召された。
父の存在は我々家族にはことのほか大きかったため、その喪失感は今も引きずっていて、皆の意識からもこれからも消えることはないだろう。
父の死の前日の夜に看護師からの電話で呼ばれて私一人でホスピスに向かった。その後、二、三時間の仮眠を挟んで8時間ほど父と二人で過ごした。
夜、少し暑がる父に窓を開けて涼しい風を入れた時、窓からは見えないが外のどこかに咲いている桜のことを父に言って聞かせた。
「桜が咲いてる季節だよ。」その言葉に父が余命半年と宣言されてから二回目の桜の季節まで生きたことの嬉しさを込めて。
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幸いにも、日頃お世話になっているケアマネのお陰で両者の行き先はすぐに決まり、なんと父は翌日曜日に入所し、その四日後に母も入所した。
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それまでは当たり前だった実家の父母と犬のいた日常はもう二度と戻らない。その静けさが異様に感じ、わが家の歴史の流れの大転換を迎えたことにただ感じ入るしかなかった。
父はホスピスへの入所後から、「家に帰りたい」から始まり、「家に帰してくれ」と懇願や絶叫を続けて見るに耐えれなかったらしい。
父の入所から二週間後の金曜日の夕方、二回目の見舞いに行くと、父はもうほとんど話せなくなっていて、その翌日の朝に私が見ている前で静かに天に召された。
父の存在は我々家族にはことのほか大きかったため、その喪失感は今も引きずっていて、皆の意識からもこれからも消えることはないだろう。
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夜、少し暑がる父に窓を開けて涼しい風を入れた時、窓からは見えないが外のどこかに咲いている桜のことを父に言って聞かせた。
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